医知創造ラボ / 認知症×生活習慣病シリーズ #10
心房細動と認知症
「薬で下げられる」はどこまで確かめられているか
心房細動のある人では、臨床的な脳梗塞を起こしていなくても、その後の認知症が多い——複数の大規模観察研究がその方向を示します。
——だが「薬でそのリスクを下げられる」を検証したランダム化試験は、すべて外れています。
1心房細動と認知症——何がどこまで分かっているか

心房細動(心臓の上の部屋が細かく震える不整脈)のある人では、臨床的な脳梗塞を起こしていなくてもその後の認知症が多い——という関連を、複数の大規模観察研究が示しています。では「薬でそのリスクを下げられる」のでしょうか。それを検証したランダム化試験(くじ引きで2つのグループに分けて比べる試験)は、すべて外れています。この図では、その両方を数字で追います。

「14因子に入っていない」について

心房細動は、Lancet誌2024年委員会の「認知症の変えられる14の危険因子」には含まれていません。したがって「心房細動の人口寄与割合(PAF)」という数字は存在しません。ただしこれは「気にしなくていい」という意味ではありません——次章以降のとおり、証拠がここまでしか進んでいない、ということです。

2心房細動のある人では、その後の認知症が多い
1.6倍
認知症発症の調整オッズ比
95%信頼区間 1.3–2.1
43研究
このメタ解析に含まれた研究数

出典: Papanastasiou CA, et al. J Gen Intern Med. 2021;36(10):3122-3135.

この数字の読み方

観察研究のメタ解析であり、因果関係を示すものではありません。「心房細動があるから認知症になる」と読み替えることはできません。

3「脳梗塞を起こしたからでは」——それだけでは説明しきれません
研究結果
脳卒中の既往を考慮(メタ解析)RR 1.34(95%CI 1.13–1.58)
虚血性脳卒中を含め調整(ARIC-NCS・20年追跡)HR 1.23(95%CI 1.04–1.45)
臨床的脳卒中で打ち切り(Rotterdam研究)HR 1.33(95%CI 1.02–1.73)

出典: Kalantarian S, et al. Ann Intern Med. 2013;158(5 Pt 1):338-46./Chen LY, et al. J Am Heart Assoc. 2018;7(6):e007301./de Bruijn RF, et al. JAMA Neurol. 2015;72(11):1288-94.

年齢で分けると、内訳が変わります

Rotterdam研究の内訳では、67歳未満はHR 1.81と有意だった一方、67歳以上はHR 1.12(95%CI 0.85–1.46)で有意ではありませんでした。また「打ち切った」のは臨床的に診断された脳卒中のみで、症状のない脳梗塞は打ち切れていません。

4症状のない脳梗塞は、実際にしばしば見つかります
15%
大型の脳梗塞が見つかった割合
18%
小型の脳梗塞が見つかった割合

脳卒中・一過性脳虚血発作(TIA)の既往がない心房細動の人1,390人を調べた研究の結果です。参加者の90%は抗凝固薬を服用中で、この頻度でした。

出典: Conen D, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;73(9):989-999.(Swiss-AFコホート・横断研究)

この図で言えること

症状のない脳梗塞と認知機能低下との関係は、ここではまだ確かめていません。この研究の著者は「問いを提起する」と書くにとどめています。検査を勧めるものではありません。

5では、薬で下げられるのか——4段の格付け
研究の質
①
観察研究:使っている人では認知症が少なかった
HR 0.71(95%CI 0.68–0.74)
スウェーデン 444,106人。DOACとワルファリンの差はなし(HR 0.97・0.67–1.40)
研究の質
②
バイアスを抑えて見直すと、差は消えます
RR 0.75(95%CI 0.51–1.10)=有意でない
観察研究のプール推定は元々RR 0.72。観察ウィンドウを設けた4研究に絞ると有意でなくなる(I²=97〜99%)
研究の質
③
日本のデータでも、全体では有意ではありません
HR 0.66(95%CI 0.40–1.08)
75歳未満のレセプトデータ・コホート全体の結果。「日本でも減った」とは言えません
研究の質
④
ランダム化試験は「無益」と判定され、早期中止されました
HR 1.10(95%CI 0.86–1.40)・P=0.46
BRAIN-AF試験。「無益」とはこれ以上続けても差が出ないと判断されたことで、「有害だった」という意味ではありません

出典: Friberg L, Rosenqvist M. Eur Heart J. 2018;39(6):453-460./Lin M, et al. Int J Clin Pract. 2021;75(10):e14269./Komatsu Y, et al. Drugs Real World Outcomes. 2022;9(3):437-449./Rivard L, et al. Nat Med. 2026;32(1):297-305.

6それでも「抗凝固薬は要らない」ではありません
BRAIN-AF試験の対象について

この試験の対象は平均53.4歳・脳梗塞の起こりやすさを点数にした指標が0〜1という低リスクの人たち——そもそも脳梗塞予防としての抗凝固薬の適応がない層です。著者ら自身が「結果を心房細動の患者全体に外挿すべきではない」と明記しています。また使われた用量は低めに設定されており、標準的な用量や別の抗凝固薬なら結果が違ったかは分からないままだと著者は書いています。

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この試験が示したのは「抗凝固薬は認知症を減らす薬ではない」ということであって、「抗凝固薬は要らない」ということではありません。
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抗凝固薬は、そもそも脳梗塞を防ぐために使われている薬です。使うかどうか・続けるかどうかは、脳梗塞を防ぐという別の文脈で担当の先生が一人ひとり判断します。
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自己判断で薬を減らしたり、やめたりしないでください。気になることがあれば、まず担当の先生に相談してください。
1
心房細動のある人では、その後の認知症が多い——臨床的な脳梗塞を考慮しても、その関連は残ります(OR 1.6・RR 1.34・HR 1.23・HR 1.33)。
2
薬で下げられるかを検証した最大のランダム化試験は、無益と判定されて早期中止されました。ただし対象はもともと抗凝固薬の適応がない低リスク層で、著者自身が外挿を戒めています。
3
心房細動はLancetの14因子には入っていません。それは「重要でない」という意味ではなく、証拠がここまでしか進んでいないということです。自己判断で薬をやめないでください。
この図で扱っていないこと。薬剤の種類・用量の選び方、カテーテルアブレーションやリズムコントロールとの比較、遺伝子を使った解析(メンデルランダム化)の詳細は扱っていません。ここに挙げた研究の多くは観察研究で、因果関係を証明したものではありません。ランダム化試験で検証されたのは抗凝固薬であり、他の治療法の有効性・無効性について述べるものではありません。
医知創造ラボ / 認知症×生活習慣病シリーズ 第10弾
本図は一般的な医学情報の提供を目的としたものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。
脈の乱れを指摘されたとき、あるいは物忘れが気になるときは、自己判断せず医療機関にご相談ください。